今なら殺せるな、と思う瞬間がある。
ゴンの半歩後ろでそのうなじがふいに目に飛び込んできたときとか、無防備にゴンが正面から抱きついてきたときとか、今こうしてキルアの横で緊張感のない寝顔をさらしているとき、とか。

別にゴンに殺意を抱いているわけでも何でもなくて、ただそれは職業病のようなものだ。今ならできる、という瞬間を、ずっと探し続けてきた習慣が抜けないだけだ。

あと数時間で年が明けようという夜、キルアはゴンとビジネスホテルの部屋で過ごしている。
テレビでは年末のお決まりの番組がえんえんと流れていて、タレントたちのわざとらしい笑い声が静かな部屋に白々しく響く。ちっとも面白くないテレビを点けているのも、それでもそれを観ようと二人で意気込んで菓子や酒やつまみをどっさりコンビニで買い込んだのも、そのうちゴンのあくびが漏れて先に眠ってしまうのも、いつもの習慣。

年が明ける、という事実に対して、特に感慨はない。世界に未知は多く、毎日が変化の連続で。今年もよく生きてたな、と思うくらいだ。けれど、年末にこうして二人でくだらない時間を過ごすことは何年も続いていて、それは二人の暗黙の了解のようなものだった。

いつの間にかテレビの向こうはカウントダウンの準備に差し掛かっている。
ううん、という声がゴンの口から漏れて、起きたのかと思ったが、再び寝息が聞こえてきた。まだ意識は夢の中らしい。ベッドの上に寝転んだその寝顔を見ながら、変わんねえな、と思って、そんなことねえな、と思い直す。そして、もう何年だ、と考える。これまでいろいろあったけれども、結局キルアは、今こうしてゴンと一緒にいる。ゴンの隣で生きている。

背も伸びたし、技術もずっと向上した。酒が堂々と飲める年齢になった。
殺意を隠して殺すなんて、今ならきっと、前よりずっとうまくできる。ゴンの、少し開いた口から出る寝息に耳をすませて、そのすぐ下の首に視線をうつす。無防備にさらけだされた、その喉元を。
今ならできる、今こそできる。さあこの手をのばしてその指を尖らせて、3、2、1、


0、のカウントと共にテレビの向こうで打ち上げ花火が一斉にあがった。


「…あれ、もう年越し?」
「……みたいだな」

花火の音かはたまたその後の大歓声で起きたのか、ゴンがむくりと上半身を起こす。眠そうに目をこすって、結局今年も寝たまま年越しちゃったな、と呟いた。
それから散らかったままのお菓子やつまみやビール缶をちらりと見て、キルアはずっと起きてたの?と訊く。そして、指を隠すように手を握りしめたキルアを見て、どうかした?と首を傾げた。
ゆっくりと手を広げながら、何でもねえよ、と、キルアは応える。

「ふうん、ねえテレビ面白かった?」
「あんまり。てか気になるなら起きてればいいだろ」
「だあって、眠くなるんだもん」
「大晦日くらい頑張れよ」
「いいの。お酒飲んでテレビ観て眠くなっていつの間にか寝てる、てのが大晦日なんだから」
「そこだけ聞いたらただのおっさんだな」
「で、起きたらキルアが俺を呆れたようにみてるわけ」

そう言って、ゴンはキルアの目を覗き込む。無防備な喉を、心臓を、キルアの目の前にさらしながら。

「でしょ?」
「……はいはい」

思いっきり呆れた声で返事をしてやると、ゴンは満足そうに笑った。
そして、さあてちゃんと寝ようかな、と伸びをして、枕元に向かう。残った菓子とかどうすんだよ、とキルアが声をかけると、食べていいよ、と返される。未だにお菓子好きの大食らいだと思われているらしい。そう間違ってはいないけれど。
テレビの向こうではカウントダウンの余韻が続いている。チャンネル変えよっかな、とリモコンに手を伸ばしたところで声をかけられた。

「キルア」
「……なんだよ」
「あけましておめでとう」

今年もよろしくね、と笑って、ゴンはベッドに潜り込む。キルアがそれに応える間もなく、すぐに寝息が聞こえてきた。相変わらず人の話しを聞かない奴め。ふくらんだベッドを横目で睨みながら、手近に残っていたぬるい缶ビールをキルアは喉に流し込む。
この習慣は果たしていつまで続くのか。死ぬほど退屈で、でも辞められない習慣。そしてきっと、今年の最後の日にもこうやって二人で退屈な時間を過ごすのだ。
打ち上げ花火がまたひとつあがった。テレビの歓声を遠くに聴きながら、キルアは今年出会うであろう未知に想いを馳せる。



心臓を掴める距離で/配布元:hazy