その、水族館、というものは、何だかひどく青っぽくて、非現実的で、落ち着くようで落ち着かなかった。海に似せようとしているのだろうけれど、やさしすぎるこの空間が、ゴンには何だか変に生温く感じられた。海のもっと深いところは、こんなに穏やかなんだろうか。
天井から床まで届くガラスの向こう側、大きな魚が泳いでいる。さっきから同じコースばかり。きっと退屈なんだろう、とゴンは思う。自分だったら耐えられない。
それでも、自分の左隣では3歳くらいの女の子が目をきらきらさせてガラスに手をついていて、何だか複雑な気分になる。

「ゴン」

名前を呼ばれたので右を向く。青い瞳と目が合う。そういえばキルアは、この空間に静かに静かに馴染んでいる。
まるで溶けていきそうなくらい。

「退屈?」
「んー退屈っていうか、何か変な感じ」
「お前生き物とか好きじゃん」
「好きだけど。こういうのとは違うのかも」
「ふーん」

水面がゆらゆらと揺れて、壁に波をおとす。コポポポ、と耳の奥で水がなるような、錯覚。
それでもここは海じゃない。

「キルアは好き?こういうの」
「結構面白くみてるけどな」
「ふうん」
「大気の薄い山のてっぺんとかは行ける気するけど、深海は無理だと思うもん、オレ」

だから面白い。そう言ってガラスにひたりと吸いつくキルアの手はひどく白い。ゴンはその手首を掴む。キルアはちらりとゴンを見ただけで、何も言わなかった。水槽の青に視線を移す。

「だってどこにも行けないんだよ、この魚」
「まあな。でも餌には不自由しないし、小魚にとってはおそらく外敵もいない」
「そうかもしれないけど、でも」
「なに?」
「自由を奪われる方が辛いと思う」

一瞬の間があって、お前らしいよとキルアは笑った。

「ま、所詮分かんねえよ、他の生き物のことなんて」
「分かるときもあるよ、コンのことならオレ分かるし」
「あーお前はなー」
「なにさ」
「お前とオレは違うって話」

「……話すりかわってない?」
「ないない」

そのまま次の水槽に向かって歩き出す。掴んだ手首は離さないまま。そういえば、と再び思う、そういえば、こういうときにキルアが自分からゴンの手を振り払うことは決してない。

コポコポ、コポ。

「やっぱり海がいいよ」

キルアは何も言わなかった。青い瞳は前を向いていた。
ゴンは掴んでいた手首を離す。手をつなぐ。指をからめる。無意識に。多分、キルアが溶けてしまわないようにするために。

そのつめたさは、確かに海の中だった。



水溶世界/配布元:Cutter Knife