風呂からあがってドアを開けると、キルアは床に座り込んでテレビを見ていた。
ゴンの位置からはその背中だけが見える。映っているバラエティ番組に肩をゆらすでもなく、猫背になってじっと動かない。

不意にその華奢な背中に触れたくなった。

「キールア」

後ろから大げさに抱きつく。キルアは驚いた様子もなく、んー?とテレビに視線を向けたまま返事をする。なんとなく面白くなくてゴンが首筋に顔を埋めると、うわつめた、と声がした。そしてようやくキルアは振り向く。少し眉を寄せて。
視線が近くなる。

「髪乾かせよ、っていつも言ってるだろ」
「だってすぐ乾くし」
「風邪ひくぞ」
「ひかないよ」

そんなことで自分が体調をくずすなんてありえないし、それはこれまでの付き合いからキルアも分かっているはずだった。キルアは時々、よく分からないところで心配性になる。
ゴンがぎゅっと抱きつく力を強くすると、だからオレが冷たいんだよ、と非難めいた声がする。じゃあキルア乾かしてよ、と言うと、一瞬の空白のあと、ため息をついてキルアが立ちあがった。

「ちょっと手間かければすむことだろ」
「だって面倒くさいし」
「お前ぜってーミトさんにも言われてただろ」
「まあね」

座っているゴンの後ろでキルアが立ち膝になり、ドライヤーを動かしている。温風が耳にあたって少し熱い。ドライヤーの音でテレビの中の芸人の声はほとんどかき消されている。
でもさ、と頭上で声。聴きなれたこの声はすんなりと耳に届く。

「他人に髪の毛触られるのって嫌じゃねえ?」
「んー、別に、キルアだからいいや」

そう言って後ろを振り向くと、キルアは少し視線を漂わせてから、そりゃどうも、と呟いた。ゴンが思わず笑みをもらすと、キルアはわざとらしく顔をしかめてゴンの頭をはたいた。

「はい、もーおわり」

ドライヤーのスイッチが切られて、テレビの音がもどってくる。ドライヤーを戻しにいこうと立ちあがったキルアを、ゴンは腕をつかんで引きとめた。そのまま座らせる。

「……なんだよ」

いぶかしげな顔に笑って首を振る。
左手に触れる。ひやりとした。てのひらを撫で、てのこうに指を滑らせる。ちらりと目だけでキルアを伺うと、抵抗する気もないようで、おとなしくされるがままになっている。形の良い筋肉がついた腕をなぞって、首筋から、頬へ。顎のラインを軽くかくと、キルアは少し目を細めた。頬に手をあてたまま、空いた方の手で、キルアの右手と指をからめる。視線をあわせる。

「……キルア」
「……ん」

わざとらしい笑い声がテレビから聞こえる。その電源を切るのさえ惜しくて、ゴンはつないだ手を強く握った。とろとろと、流れる時間。ふれあったてのひらはゴンの熱が伝わってじわりと温かくなっている。親指で下くちびるをゆるやかになぞる。からまる視線。顔をもっと寄せようとして、

ピリリリリ

携帯が鳴った。
一瞬のうちにゴンは手を離して立ちあがる。電話に出るとレオリオからで、何ということはない用だった。話し終わり、またね、と明るく挨拶をして電話を切る。
いつの間にか後ろに来ていたキルアが言う。

「腹減った、何か食いにいこーぜ」

うん、とゴンはうなずく。何も特別なことはなかったように。
テレビを切る。静寂が広がる。財布を持って部屋を出る。いつもの行動。
それでも、ドアを開けるその華奢な背中に。ああ、やっぱり触れたいな、と思って、ゴンはキルアの隣に並ぶ。