彼がこうやってロイの自宅を訪ねてくるときは、大抵自己嫌悪に深く沈んでいて、自分で自分を苦しめて、真黒い炭のようになっているときだ。
玄関のドアを開けると、うつむいたまま顔を上げないエドワードがいて、「ごめん」とひとことだけ呟いた。
寒いから早く中に入りなさい、そう言ってロイは彼を招き入れた。

リビングのソファに彼を座らせて、暖炉に薪を追加する。パチ、と火がはぜる。彼はみるからに震えていて、ココアでも飲むかい、と聞くと、いらない、と答えた。それでもロイがココアをつくって持ってくると、小さな礼を言ってから、おとなしくそれを口に含んだ。
どうかしたのか、と聞くと、なんでもないよ、と答える。
悩みなら聞くよ、と言うと、そんなのねえよ、と返される。
「ならいいけどね」
ゆっくりしていきなさい、夜は長いから。そう言って、ロイは自分用に白ワインをグラスに注いで、ソファに腰を下ろす。エドワードからほんの少しの隙間を空けて。うつむいて彼がココアを飲む様子を横目で見ながら、ちびちびとなめるようにワインを飲む。冬の夜はきりりと静寂だ。時計の針がカチリと進む、火が、はぜる。
「あんたと俺なんて、どうせ分かり合えないんだ」
そんな、至極当たり前のことを、ひどく悲惨なことのように言うものだから、いとおしくて、いとおしくて、ロイは思わず笑ってしまいそうになる。そんな雰囲気に気が付いたのか、エドワードが胡乱気にロイを見上げた。
「なんだよ」
「いや、愛とはむずかしいな、と思ってね」
「なにそれ。……なあ、それ美味しい?」
「飲んでみるかい」
うん、とうなずく前に口づける。舌を入れて、流し込む。ぅん、と甘い声が漏れる。唇をわずかに離して見つめあうと、エドワードの瞳はゆらゆらと揺れていた。途方もないほどの真っ黒な自己嫌悪と、その奥で求めているかすかな色。彼がロイの首に腕を回した。それに応えるように、ロイは体重をかけながら唇をふさぐ。柔らかなソファに沈む。


(何考えてるんだ?)
(べつに……なにも)
(こんなときくらいこっちを見てくれてもいいのに、)
(見てるよ、ん……ちゃんと見てる、)
(本当に?)
(見てるってば、ホントだよ、大佐、ちゃんと見てる……、あ、たいさ、もぅ、……あ、あ、あぁ……)


「あんたはどうして俺を抱くの」
情事が終わったあと、ぼんやりと天井を見上げながら、彼がそんなことを言う。
「愛してるからさ」
「……嘘ばっかり」
「本当だよ。君を愛してる」
嘘ばっかり、ともう一度呟いて、彼はごろりと背中を向ける。
パチパチ、暖炉の赤い火が、彼の向こう側で燃えている。
白い背中。つ、と肩すじをなぞる。夜の空気に震える。
「どうせ分かり合えないんだ」
そんなことを言って。小さな身体をますます小さく、小さく丸めるものだから、ロイは後ろから抱きしめるように彼に覆い被さる。
「愛しているよ」
「嘘ばっかり」
「いつになったら信じてもらえるかな」
いつになっても信じないよ、そういう彼にキスをする。首筋、耳元、目尻。嗚咽をこらえるような気配がしたので、ロイは黙ってその髪を撫でた。彼は口元を手で覆うけれど、その声は指の隙間から漏れ出して、しんとした夜に響いていく。ロイは髪をなで続ける。旅で傷んだ金色の髪。
ほんの朝日が昇るまで。ほんのわずかなその時間でも、彼が腕のなかにいるのがいとおしかった。



朝日が昇るまで